MASI 俊樹の、いい日、旅立ち

橋輪にて6月17日の夜、規定寸法内にした自転車と、バックなどを詰め込むパッキンの用意が済んだところに、俊樹のお父さんが車で迎えに来てくれた。明日の早朝は、両親が成田まで送ってくれる。自転車とパッキンをステーションワゴンに積み込んだ俊樹は、ぼくらと固い握手を交わした。俊樹は、走り出す車から身を乗り出し、大きく手を振った。   5か月間の別れ。
そして翌日、出発ゲートで記されたメールが届いた。

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6月18日、

ついにこの日が訪れた。

5か月間のフリーター生活を終え、とにかく準備に走り回っていた。

クレジットカードを作り、航空券を購入し、観光ビザの有効期間を調べ、目的地との距離を割り出して旅程を考える。

夜は毎日誰かと送別会と称し飲み明かし、とにかく気を抜かないように、余計なことに心を支配されないように常に動き続けた。

さもなければ不安とプレッシャーに押しつぶされてしまう。





そして、出発当日、荷物の最終確認とパッキングに手間取り一睡もせずに空港へと向かった。

出発の5日前まで載せてもらえるかもわからなかった自転車が空港の係員の手に渡ったあと、「ああ、これでついに旅立てるんだ・・・」と思った直後からなんだか涙腺に異常をきたし始めた。

オレは自慢じゃないがどんな時でも泣かない男だった。

彼女に振られた時も、軽音部を引退した時も、誰かが亡くなった時も。

それはもう名曲「飾りじゃないのよ涙は」の曲中の女性ばりに泣いたことがなかった。

それなのにおかしい。なんでこんなに視界が歪むのだろう。




両替や保険加入等を済ませると、オレはゲートへと向かうべく両親に別れを告げ歩いて行こうとした。

その時、堰を切ったかのように涙があふれた。

それを止める術はないようだった。

ケータイには次々と励ましと旅の無事を祈るメッセージが届き、ひとつ開くたびにTシャツが鼻水まみれになった。

 6月18日午前10時、旅が始まった。


成田タワーより 「オールニッポン シックス ジロ ジロ ワン  クリアー ツー テイクオフ」 そしてラジオは、成田デパーチャにハンドオフされた




全日空6001便は、成田 R / W 16L から飛び立ち14時間かけて無事、スタート地のスコットランド・アバディーン空港までMASI と俊樹を運んでくれた

   だが、なんと!入国を拒否される事態に!

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